クローバーひろくんを救う会 ひろくん
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ひろくんのご両親からのあいさつ

2005年3月、拘束型心筋症の疑いを医師から告げられ、その5月、間違いであってほしいと最後の望みをかけて行った国立循環器センターで、その疑いは、親の祈るような思いも届かず、拘束型心筋症と断定されてしまいました。助かる道は、ただ1つ、海外での心臓移植を受けること。そうでなければ余命1〜2年。突然死ということもありうる。私たち夫婦は、崖から突き落とされたような衝撃と強い絶望感、そして深い悲しみに包まれました。我が子のあまりに重い病気をつきつけられ当初は何も手につかず、宏典の寝顔を見ては涙がこぼれ、一生分の涙を果たしたかのように子供たちの目のないところでは泣いていました。


 しかし、ある時期から「この子に残されている時間がほんのわずかであるならば、泣いていてはもったいない!笑って、笑って時間を過ごそう。幸せいっぱいの時間の中にこの子をおいてあげなくては。」という思いに至りました。それからというもの、家で過ごせている間一日一日を大切に、1分1秒を大切に、家族で笑顔をかたむけ幸せな時間を過ごすことができたように思います。  やがて家での生活も限界を迎え、二度と家に戻ることのできない入院生活に入りました。そして迎えることは難しいと言われていた3歳の誕生日を病室で迎えることになりました。涙なみだの3歳の誕生日。「宏典は、生きようと頑張っている。」、その気持ちに応える時が来ました。

 私たちは募金活動をして移植手術に臨む道を選びました。
 友人らに協力を求め、有志で救う会が結成されました。深刻な宏典の状態から急ピッチに準備が始まりました。仕事が終わり深夜遅くまで毎晩のように集まり全国での募金活動を展開してくださいました。そして、たくさんの方々が、宏典に心を寄せ募金に協力してくださり、また、励ましの力強いお言葉もいただき、開始して1カ月あまりで渡米という信じられない早さでこぎつけてくださいました。
 こうして心寄せてくださった方がこれほど多くおられなければ、そして、この救う会のメンバーがいてくださらなかったら、今、宏典はここに存在しないでしょう。
 募金に協力してくださった多くの皆様、そして、救う会のメンバーにこの場をおかりして心からの感謝の気持ちを表したいと思います。本来ならば、お一人お一人に感謝の気持ちをお伝えしなければならないのですが、それがかないません失礼をどうかお許しください。  


 渡米後は、ドクターの予想を超える状態の悪さに、一時は移植手術さえできなくなるかもしれないと申し渡されました。そして、状態は徐々に悪化してゆき宏典の限界が近づいたその時、移植手術を受けることができました。6時間半の手術は見事に成功し、その後心配されていた臓器への後遺症も残らず、すべてが順調に回復しました。日をおうごとに体力もつき現地でお世話になったボランティアの皆さんに愛され、元気で活発な愛らしい男の子に成長してくれました。


 帰国前、あいさつに病院を訪れるとドクターやナースがよってきて、「ヒロ、君は奇跡の男の子だよ、ぼくたちのヒーローだ。」といって奇跡的なその回復を祝福してくださいまいした。目の前ですべてを見てきた私でさえ、今の姿はまさに奇跡だと感じています。宏典の強い強い生命力と皆さんの祈りに守られた命の奇跡です。私たちの夫婦の命がある限り、守り続けていく決心です。

 先日、1年2か月ぶりの自宅に戻り、布団を並べ家族5人で眠ることができました。子どもたち3人の寝顔を夫婦で見つめながら、今日の日を迎えられた幸せと家族が共にいることのできる幸せを二人でかみしめました。
 この日を無事迎えることができましたのも、これまで宏典と私たち家族を見守り励まし続けてくださった皆さんのおかげです。心より、感謝申し上げます。皆さんに守っていただいた宏典の命です。


 これから、免疫抑制剤を一生飲み続けることによる感染症へのケアや薬の副作用など、まだまだ問題を抱えますが、どうか、これからも私たちと共に宏典の成長を温かく見守り続けていただけますよう、切にお願いいたします。
 そして、最後にドナーとなってくださったお子様のご冥福をお祈りするとともに、ドナー提供を申し出てくださった勇気あるご両親の決断に心から感謝を申し上げ、宏典とともに生き始めたもう一人の家族を宏典とともに大切に愛しんでまいりたいと強く心に誓いたいと思います。

 ありがとうございました。
2007/09/13
阿波秀範、ひろみ

母からのメッセージ

「拘束型心筋症・・・・予後不良・・・・心臓移植以外は助からない・・・・」
 医師の言葉が飲み込めず,ボーッとしていく意識の中,頭の遠くでその説明を聞いたあの日から1年半・・・ 闘いと今日生きているということへの感謝の毎日でした。

「間違いであってほしい」
 わずかな望みを持って行った検査で「拘束型心筋症の疑い」は「拘束型心筋症と断定」に変わってしまい, 一人戻るアパートの一室で毎晩泣き明かし,翌日には真っ赤な目と泣きはらした顔で,宏典の病室に向かったのは つい昨日のことのようです。
 泣いても泣いても,現実が変わることは決してありませんでした。 そして,そこでであった医師から,「移植の道に進むことが,本人にとって本当の幸せとは限らない。」という言葉を頂き, 宏典の幸せ探しが始まりました。



 本当に苦しかった。わが子の命の選択を親である私たちがしなければならないのです。「宏典にとって幸せな道とは・・・。」 行き着いたところは,そこで宏典の時間が止まってしまうかもしれないし,たとえ成功しても,その後,また苦しむことになるかもしれない 移植の道ではなく,宏典に与えられた時間を家族に囲まれて幸せいっぱいに過ごさせるという道でした。

「家族と過ごし,最後は私の腕の中で・・・・・・。」  その覚悟を持っての選択でした。

 おかげで,このたびの入院をするまでの宏典は,自宅で家族に囲まれ,幸せな生活を送ってまいりました。 ところがこのたびの入院で,自宅に帰るめどが立たない状態になってしまいました。



 先日,3歳の誕生日を病室で迎えました。 1年半前に医師から迎えるのは厳しいだろうと言われた誕生日でした。
 その日から,私たちの中で何かが変わり始めました。難しいと言われた3歳の誕生日まで命をつないできた宏典のその強い 生命力に今度は親である私たちが答えてやらなければならない番だと強く思いました。 ただ,移植の道は,本当に重たい道でもありました。
 私たち家族だけの問題ではなく,海外で行われるため,多額の費用がかかり,多くの方の協力なしでは進めません。また,募金 活動や移植の事実をオープンにすることで,親や兄弟も巻き込む。簡単に進める道ではありませんでした。しかし,腹水でパンパンに なった宏典の体に限界を感じ始めたとき,耐えられる精神の限界が来ました。

「助けたい,助けたい。何が何でも助けたい。神様を敵にまわしたっていい。お願いします,助けてください!!」
 その思いは巻き込むであろう人たちみんなの願いとなりました。



 現在,宏典は重度の心不全状態で,腹水がかなりたまり,お腹は臨月を迎えた妊婦さんの様にふくれ上がってしまいました。 いつどうなってもおかしくない状態です。一刻も早く渡米させてやれたらと願うばかりです。  移植手術を可能にするためには今ここに集まってくださった皆さんのお力をお借りして,移植手術に向かっての費用を募金活動等 で集めなくてはなりません。
 私たちのために相当な負担と労力を背負わせてしまうことが,本当に申し訳なく心苦しいのですが,皆様のお力をお借りしなくては ,宏典の命は渡米までに消えてしまいます。
どうか,どうか,ここにお集まりの皆様。宏典の命を救うため,私たちにお力をお貸しください。

「ひろくんを救う会」準備委員会にて「母よりの手紙」


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